大判例

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熊本地方裁判所八代支部 昭和47年(た)1号

被告人 免田榮

一 弁護人から別紙(一)のとおり拘置執行停止の請求がなされ、再審公判の冒頭においても重ねて被告人の釈放を求める旨の意見が述べられた。これに対し、検察官からすでに別紙(二)のとおり反対意見が出されている。

ところで、再審開始決定が確定した場合、再審被告人ことに死刑確定者たる被告人の身柄がどうなるかについては、種々の法律問題が存在するにも拘らず、実務上問題になつたことがなく、当裁判所は弁護人及び検察官の意見を聞き慎重に検討してきたのであるが、事柄の重要性に鑑み、右検討した結果をこの段階において明らかにするのが相当であろうと考え、以下のとおり当裁判所の見解を述べる。

二 (再審開始決定の確定と確定判決の効力)

まず、再審開始決定が確定した場合に確定判決の効力がどうなるかについては、弁護人指摘のとおり、確定判決の効力は実質上消滅し、刑の執行は認められないことになるとの見解、また確定判決はそのまま存続するが、同一事件について同一人が被告人であると同時に受刑者であるというがごとき事態は法的に許容しがたいから、再審開始決定が確定すれば受刑者はすべて自動的に「被告人」になり、刑の執行の対象となる者が存在しなくなるから刑の執行は継続できず、その者は直ちに釈放されなければならないとの見解があり、右のような各見解に立てば、再審開始決定が確定すればなるほど拘置はその根拠を失うことになり、再審被告人は当然釈放されるべきであるということになると思われるが、現行法の解釈としてはたしてそのように解することができるかが問題である。

第一に、再審開始決定の確定により確定判決の効力を失わしめるのであれば、そのような重要な事項については法律に明文をもつて規定するのが通常であるのに、もとより現行法上そのような規定はなく、かえつて刑事訴訟法四四八条二項は「再審開始の決定をしたときは、決定で刑の執行を停止することができる。」と規定し、刑の執行を停止するか否かを裁判所の裁量に委ねており、再審開始決定の確定の前後を問わず決定があつたからといつて確定判決の効力は当然には失われないから、刑の執行を停止するにはその旨の決定が必要である趣旨の規定と解するのが文理上無理のない解釈であつて、確定判決の効力が存続していることを前提にした規定であるといえること、また、同法四四三条一項は「再審の請求は、これを取り下げることができる。」と規定しており、再審開始決定確定後に再審請求を取り下げた場合、確定判決に基づいて刑の執行をすることになるであろうから、確定判決は効力を失つていないと解さざるを得ないこと、然らざれば、再審開始決定が確定したことによつて一度確定判決の効力が失われ、取下げによつて再び効力を取り戻すという事態を認めることになり、これは確定判決の効力を請求人の意思によつて左右する結果になることであつて認容し難いこと(もつとも取下げができるのは再審開始決定があるまでと解すれば右の問題はなくなるが、再審の判決の言渡があるまで取下げが可能であるとするのが一般である。)、さらに刑事訴訟法が再審制度について再審請求手続と再審公判手続の二段構造を採用していること、再審開始決定にも種々の理由があり(同法四三五条)、ことに同条六号には「原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき」場合もあることなどを総合すれば、立法論としてはともかく、現行法の解釈としては、再審開始決定が確定しても確定判決の効力は形式的のみならず実質的にも消滅せず、確定判決の効力は再審判決が確定したときに失効すると解さざるを得ない。

右のように再審開始決定が確定しても確定判決の効力は存続するとすれば、再審開始によつて受刑者は当然再審公判における被告人になるけれども、同時に受刑者としての地位をも併有していると解するのが相当であり、確定判決の効力が存続し、受刑者としての地位も存続しているのに刑の執行の対象となる者が存在しなくなるということもできない。

そうとすれば、確定判決の効力が実質的に消滅すること、或いは刑の執行の対象者がなくなることを理由とする釈放要求は理由がないことになる。

三 (死刑の執行停止と拘置)

本件では死刑の執行を停止する旨の決定がなされている。そこで、死刑の執行停止と拘置の関係が検討されねばならない。

まず、死刑の執行停止は拘置の執行停止をも含むかが問題となりうるが、刑法一一条一項は「死刑は監獄内に於て絞首して之を執行す。」と規定し、同条二項は「死刑の言渡を受けたる者は其執行に至るまで之を監獄に拘置す。」となつており、死刑の執行とは絞首を意味し、拘置は死刑の執行の一部とは解し得ないこと文理上疑いない。従つて死刑の執行が停止されたからといつて当然に拘置の執行も停止するといえないことは明白である。

さらに、弁護人は、死刑の執行である絞首とそれに至るまでの拘置は主従の関係にあり、絞首という刑の執行が停止されたのにこれに附随して認められている拘置が残るのはおかしい、従つて少くとも再審開始決定が確定した後は刑事訴訟法四四八条二項を準用して、裁判所の裁量により拘置の執行を停止すべきである旨主張するが、右は実質論として理由なしとしないが、現行法上拘置は刑の執行でもなく、未決勾留でもない、死刑の確定判決の効力に基づいて刑法一一条二項が認めた独特の拘禁であり、死刑の執行停止がなされた場合に、右のような内容を持つ拘置をどうすべきかは立法政策の問題であつて、その点について何らの規定を設けていない現行法の解釈としては(もし仮りに刑に非ざる拘置の執行停止を認めるのであれば、これまた明文で規定されるべき重要事項と思われる。)前示のように確定判決の効力が存続していると解する以上、刑法一一条二項により拘置が継続されると解するの他はない。

なお附言するに、前示のように再審公判において被告人は受刑者の地位をも併有しているが、公判においては刑事被告人として法律上認められている諸権利は可能な限り認められることが望ましいことは言うまでもなく、また同一事件について同一人が受刑者であると同時に被告人であるといういわば不安定な状態は、審理の促進によつて明確にするの他なしと思料されるところである。

四 (結論)

以上のとおりであるから、弁護人からの拘置の執行停止請求はこれを認めることができない。

(裁判官 河上元康 豊田圭一 松下潔)

別紙(一)

拘置執行停止の請求書

一、福岡高等裁判所の再審開始決定の主文は

原決定を取り消す

本件について熊本地方裁判所八代支部の再審を開始する

請求人に対する死刑の執行を停止する

というのであつて、絞首の執行だけを停止して、監獄の拘置には言い及ばなかつた。

右開始決定は、そのあと検察官の特別抗告があつて、最高裁判所で抗告が棄却されて、確定した。

再審開始決定に伴う刑の執行停止は、裁判所の裁量による(刑訴法四四八条二項)。しかし、開始決定の確定の前後において、右裁量の事情は変わる。

開始決定にあつては、検察官の不服申立が予定される。この不服申立が容認されないとは限らない。そうした事情が絞首の執行停止だけにとどまつたのかもしれない。けれども、再審開始決定が確定すると、死刑の確定判決の効力は実質上消滅したということになる。

このことを前提とすると、刑の執行停止の裁量権は、絞首にのみとどまるべきではなく、拘置にも及ぶべきであつて、ひいては拘置の執行停止を行わない場合は、違法拘禁、すなわち裁量権の濫用にもなりかねない。

二、被告人が、再審開始決定の確定した現在いまだに福岡拘置支所に拘置されている法律上の根拠を問うたのに対し、同拘置支所長は、55・12・26、尾崎弁護人に

再審開始決定が確定しても死刑確定者としての身分に変更はなく、死刑確定者としての身分と再審審判をうける立場にある身分を併有することになる

と回答し、処遇は死刑確定者としての制限によるが、防禦権行使の範囲内で被告人の規定により取り扱う旨を伝えてきた。

しかし、この説明は大変におかしい。

高田教授の所説によると、およそ同一事件について同一人が被告人であると同時に受刑者であるというがごとき事態は法的に許容しがたいから刑の執行は継続できず、請求人は直ちに釈放される。原確定判決はそのまま存続し、ただ刑の執行の対象となる者が存在しなくなる、という。受刑者を拘置者といいかえても同じ理屈になる。

すなわち、確定判決の確定力がいまだすべて失われていないとする論拠で拘置の継続を合理化することは、再審は、無辜の救済であるとの理念を無視した議論になる。

三、再審開始決定が確定したあとの被告人の身柄の問題は、判例上、明示的に争われた例はない。実務上も、正面から問題にされることもなかつた。

56・1・8、弁護団が検事総長に面談した折、総長も、未だ先例なしと答えた。

数々の疑問があるかもしれない。

しかし、疑わしきは被告人の利益に従うのが刑事裁判の鉄則であるという。この鉄則は黒白分ちがたき事実認定の場にのみいうのではなく、本件のごとき、被告人の重大な処遇についても、適用されるべきであろう。

貴裁判所の、勇気ある決断を期待する次第である。

別紙(二)

意見書

第一意見

本件弁護人の拘置執行停止の請求は、理由がない。

第二理由

一 弁護人の本件拘置執行停止請求の理由は、必ずしも明らかではないが、要するに、福岡高等裁判所のなした死刑確定囚免田榮に対する再審開始決定が確定したことにより、右免田に対する死刑の確定判決の効力は実質上消滅するとの見解を前提とし、刑訴法四四八条二項に基づく裁判所の刑の執行停止の裁量権は、絞首にのみとどまるべきものではなく拘置にも及ぶべきであるから、裁判所は、右免田に対する拘置の執行停止決定をなすべきであり、もし拘置の執行停止決定をなさないときは、違法拘禁すなわち裁量権の濫用にもなりかねないとし、更に、高田卓爾教授の所説を引用し、およそ同一事件について同一人が被告人であると同時に受刑者であるというがごとき事態は法的に許容しがたいものであるから、刑の執行は継続できず、その者は直ちに釈放されるべきであり、原確定判決がそのまま存続するとしても、刑の執行の対象となる者が存在しなくなると解すべきであつて、このことは、受刑者と被拘置者とにおいて異なるところはないから、再審被告人免田榮は直ちに釈放されるべきであるとするものであると解される。

二 しかしながら、右弁護人の所論は、以下述べるとおり、なんら正当な理由を有しないものであるから、本件請求は到底是認することはできない。

(一) まず、再審開始決定の確定により、原確定判決の効力が実質上消滅するとの弁護人の見解の当否について検討するに、原確定判決の効力は、再審開始決定の確定によつて失効するものではなく、再審公判における終局裁判の確定によつてはじめて失効するのであり、したがつて、原確定判決の効力は、再審開始決定の確定によつてもなんらの影響を受けず、原確定判決に基づく刑の執行は適法である(改訂刑事訴訟法―ポケツト註釈全書(3)九七七頁、臼井滋夫・法律実務講座刑事編一二巻二、七五八頁、臼井滋夫ほか・註釈刑事訴訟法四巻四八八頁、斉藤寿郎ほか・判例刑事訴訟法一、三五九頁ないし一、三六〇頁など参照)。

このことは、刑訴法四四八条二項が「再審開始の決定をしたときは、決定で刑の執行を停止することができる。」と規定しており、再審開始決定が当然には刑の執行を停止しないことを前提としていることからみても、極めて明白である。もし仮りに、弁護人の所論のように、再審開始決定の確定により原確定判決の効力が実質的に消滅するものとすれば、法は当然そのことを考慮し、単に刑の執行停止に関する規定のみにとどまらず、右刑の言渡しの効力そのものが失われる旨の規定を設けているべき筋合いのものといわなければならないのに、そのような規定は全く存しないのである。

したがつて、再審開始決定の確定により、原確定判決の効力が実質的に消滅することを前提とする弁護人の前記所論は、その前提においてすでに理由がない。

なお、弁護人は、前記のとおり、再審被告人免田榮に対する死刑の確定判決の効力が実質的に消滅したものとしながら、原確定判決の効力が存続していることを前提として規定されている刑訴法四四八条二項の刑の執行停止決定を求めるものであつて、その論理的矛盾は多言を要しない。

(二) 次に、刑訴法四四八条二項に規定する刑の執行停止は、その刑が死刑である場合絞首にのみとどまるべきではなく、拘置にも及ぶべきものとする弁護人の所論の当否につき検討する。

いうまでもなく、再審被告人免田榮は、同人に対して死刑を言渡した原確定判決の確定後、死刑の執行すなわち絞首による刑の執行のため監獄に拘置されてきたものである(刑法一一条一、二項)が、福岡高等裁判所による再審開始決定の際に告知された死刑の執行停止決定によつて、その時以後現在に至るまで、死刑の執行すなわち絞首の執行は停止されたものの、刑法一一条二項の規定により依然として拘置を継続されているものに外ならないのである。

右拘置の法的性格は、未決勾留でも刑の執行でもない死刑執行のための独特の拘禁であり(注釈刑法(1)八七頁、刑法―第三版―ポケツト註釈全書(1)七六頁など参照)、裁判所が刑訴法四四八条二項に基づきその裁量によつて刑の執行停止決定をなすとしても、その刑とは死刑すなわち絞首の執行を停止することができるにとどまり、刑の執行ではない拘置そのものを停止することは法律上許容されないものといわなければならない。

したがつて、前記弁護人の所論は、なんら実定法上の根拠を有しない、いなむしろ法の明文に反するものというべく、いわんや裁判所が拘置の執行停止決定をなさないときは違法拘禁となるとか、裁量権の濫用にもなりかねないとかする所論は、全くの謬見であるといわざるを得ない。

(三) 更に、「およそ同一事件について同一人が被告人であると同時に受刑者であるという事態は法的に許容しがたいから、刑の執行は継続できず直ちに釈放される。原確定判決はそのまま存続し、ただ刑の執行の対象となる者が存在しなくなる」との弁護人の所論の当否について検討する。

弁護人の引用する前記高田教授の著述によると、弁護人の主張するような所説が述べられている(注解刑事訴訟法・下巻三五八頁参照)が、同教授の「およそ同一事件について同一人が被告人であると同時に受刑者であるというごとき事態は法的に承認しがたい」との所説は、一般通常の場合における刑事裁判手続においては妥当するとしても、確定判決に対して認められた非常救済手続の一つである再審裁判の場合にはあてはまらない。すなわち、再審公判手続における「被告人」は、通常の公判手続における「被告人」とは異なり、別個新たな再審裁判を受ける当事者としての「被告人」であり、かつ、同時に再審の特殊性から、その裁判が確定するまで原確定判決の効力が保有された状態すなわち受刑者の状態にあるのであつて、同一人が被告人であると同時に受刑者であることはなんら法的に矛盾せず、「再審開始決定の確定により、刑の執行の対象となる者が存在しなくなる」ということはあり得ない。

以上述べたとおり、再審被告人免田榮に対する弁護人の本件拘置執行停止の請求は、いずれの点よりするも理由がないことは明らかである。

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